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自暴自棄、自我が暴れて自分を棄てる、ということでしょうか。
自暴自棄になってしまう精神状態、とても苦しいものです。

・計画していたことがどうしても思うように進まない
・周りからの大きな期待に答えられない
・悪いとわかっていてどうしてもその悪習から抜けられない
・対人関係で四面楚歌の状態

その人によりいろいろな原因と状況があると思います。
でも、上に書いたものを見てみると、自分で自分に観念的な理想を
押し付け、その理想の自分との乖離に悩むことが多いでしょうか。

自暴自棄、ただ自我が暴れるだけならばいいのですが、
そこでやけになって、自分を自分で痛めつけたり、全く逆のやりたく
ないことをやったり、破壊的なことをしたりすることがあると思います。
なんとか踏みとどまりたいものです。
自分を棄てるような悲しいことをしたくないものです。
現実を直視し、自作自演のイメージの世界から抜け出したいものです。


理想の自分を生きることができない、自分に対する罪悪感
目の前の相手を満足させられない、相手に対する罪悪感
2重の罪悪感に挟まれて身動きできなくなって、うまくいかない自分の
ほうに身を投じてしまう、そんな感じですよね。

僕にも理想の自分を完璧に演じて周りの期待に答えたい、そんな
ところがありますが、その前にまず理想の自分に覆われた本当の
自分を見つけ出すことが大事です。
そうでないといつまでも理想の自分を演じられない苦しみから抜け出す
ことができません。

自分が見えてくると、言葉や行動も自分らしさを帯びて落ち着き、
おいそれと周りの者にコントロールされるようなものでは無くなって
くると思います。

自分らしく生きる、自分らしさを表現しながら生きる、
少しでも本当の自分に近づいていきたいと思います。


<屋久島 竜神の森>

竜神の森 舞台



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2009.02.16 Mon l 観念浄化 l COM(0) TB(0) l top ▲

昨日の朝日新聞の天声人語に、福井県丸岡町が93年に始めた
「一筆啓上賞」のことが載っていました。
投稿された作品がいくつか紹介されていてとても感動したのですが
そのいちばん最後のものもまた格別でした。

8歳のこどもの作品。

『ぼくがわらうといのちもにっこり。ぼくといのちが、いい気持ち』

とてもいいと思いませんか。


「ぼく」がわらってこの世界を楽しむといのちもにっこり。
笑って楽しんで、喜びを、自分を表現して。
それがこの世にやってきた目的の1つかな。

「ぼく」がしかめっ面ばかりしていると、いのちもしぼんでいくと
いうことでしょう。



この「いのち」って<本当の自分>のような気がします。

「ぼく」は生まれてから今まで育ててきたこの世的な意識。
「いのち」は純粋無垢なエネルギーの意識。自分を見守る意識。
2つの意識は同時共存。



8歳というと、意識の中心が、無垢な意識から思考(自我)へと
大きくシフトを始める時期なのでしょうか。
これを書いた8歳のこどもが、いのちをどのようにとらえていたのか
わかりません。
単に、自分の体のことをいのちと言ったのかもしれません。

でも、思考の発達しない幼いこどもが直感的に書いた短い言葉に
真実が表現されているような気がしました。

こどもの純粋無垢な言葉、感じたままの言葉に感動します。



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<屋久島 竜神の森の入り口>

竜神の森の入り口


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2009.02.03 Tue l 意識の世界 l COM(0) TB(0) l top ▲

映画「禅」の冒頭に、道元の母親が8歳の道元に語りかけるシーンが
ありました。

「世間では、阿弥陀様にすがれば浄土に行かれるという教えが
 流行っているが、浄土などというものがほんとうにあるのか、
 私にはそうは思えないのです。
 そなたのそばにいることができる今、このとき、こここそが浄土、
 ここよりほかに浄土などないと思うのです。」

浄土とは、仏様が住む世界、清冽で平穏な世界のことですよね。

阿弥陀様にすがって死後の浄土の世界を心の支えにするよりも、
今の時間を大切にしたいという気持ちだったのでしょうか。
家族がとても愛おしかったのでしょう。


大好きな家族と一緒に住めることはとても幸せなことですね。
そんな今という時間を大切にしたいものです。

ただ、大好きなその家族と一緒にいる時だけが浄土、となると
家族がいなくなれば浄土ではなくなります。
条件付きの浄土などというものがあるはずがありません。
自分の外に浄土を求めても、一瞬のまぼろしの浄土が現れるだけかも
しれません。
残念ながらいつまでも真の浄土にはたどりつけないのでしょう。


映画の中には (うろ覚えですが)
「死んでからお浄土に行っても仕方がない、この世を浄土として
 生きてこそ」
といった言葉もあったように思います。
それにはとても共感します。
そんな地上を創造していきたいものです。


「本来、人間はそのままで仏であるというが、ならばなぜ修行を
 しなくてはならないのか」
という自らの問いに答えるために中国へ渡った道元がたどり着いた
言葉を越えた世界はどこにあったのでしょうか。

たぶん、自分の外の世界ではなく、自分の内の世界と、全体の世界が
つながったところ、1つであるところ、にあったのだと思います。

そして、この世を浄土(天国)として生きてゆきたいですね。
皆が自分の役割を果たしながら、自分の個性を表現しながら、
楽しく幸せに過ごせる世界を現実化したいものです。
まずは自分の中の浄土から。




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<屋久島 木霊の森>

木霊の森2
2009.01.31 Sat l 意識の世界 l COM(0) TB(0) l top ▲

「禅」という映画を見てきました。
道元の生涯を映画にしたもので、禅の世界の成り立ちや思想に触れる
ことができます。とても良かったです。

只管打坐(しかんたざ)
なにも求めず、悟るためでもなく、ただ座ることで自我をそぎ落とし
本当の自分、仏性の心に近づこうとする座禅は素晴らしいと思います。

悟りたいというのは自我、何者かになろうとするのも自我、
それはそのままで座ってもいいのでしょうけれど、
どれだけ心静かな状態にして目を瞑ることができるかが分かれ目の
ように思います。

僕もたまにですが、夜の静かな時間にただ目を瞑ることはあります。
座禅や瞑想を教えてもらいたい気持ちはあるかな。
体の姿勢や意識の持ち方でかなり違うように思います。


映画では、只管打坐(しかんたざ)の他にも、あるがまま、心身脱落、
仏性、大悟などの言葉もたくさん出てきて、勉強になりました。


それに、鎌倉時代の世相を映した映像も興味深いものでした。
人心の荒れた時代にあって座禅瞑想の世界は、魂の救済への道として
開かれていたのでしょう。

現代にも通じるものがあると思います。
今は物質的に豊かな時代、情報にあふれ便利快適が現実化した時代。
でも、果たして人の心は鎌倉時代からどれだけ豊かになったでしょう。
どれだけ穏やかに安らかに生きることができているでしょうか。
どれだけ魂の願いを現実化できているでしょうか。


ぜひ見ていただきたい映画です。
上映場所は結構限られているようですが。

HPもご紹介。きれいな映像だけでもご覧ください。

 >>映画「禅」



 『 春は花

   夏ほととぎす

   秋は月
 
   冬雪さえてすずしかりけり 』



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2009.01.25 Sun l 出来事、変化 l COM(0) TB(0) l top ▲
昨日、観念浄化ワークの人生上昇塾代表の安達さんのトークライブに
行ってきました。

純粋意識から自我の成り立ちまで、そしてこの3次元=分離の世界から
これからの統合に向かう流れを、わかりやすく解説していただきました。
観念浄化ワークやその核心に関することまで盛りだくさんでした。
これまでお一人で苦労されながらやってきた経験からでしょうか、
やはり生(なま)でお会いすると気合のようなものも伝わってきます。


僕は正直な話、観念浄化ワークだけでは自我を越えられないのでは
と思っていました。
その観念を言葉にして発しているのは自我だと感じていたからです。
苦しみを逃れようとしているのは誰か、ということです。
これが自分だと思っているもの、つまり思考、イメージ、観念などを
全的に鳥瞰できないと難しいのではと思っていました。

これについては安達さんからとても明確なお話を聞けてよかったです。
座禅もツールかもしれませんし、観念を見つめることも、ワークで
浄化することも同じことなのでしょう。
ワークの際の意識のあり方次第ということかもしれません。
それに、いろいろな段階もあると思います。
意識の世界が多層であるように。

そもそも僕の観念浄化はかなり中途半端なので、もっと進めていかない
と真実はわかりません。


それに、自我を越える、本当の自分に出会う、とまでは行かなくとも
観念浄化ワークは今ある苦しみを解消するための強力な手段であること
は間違いないと断言できます。

濃い〜打ち上げ会が終わり帰宅したのは深夜1時を過ぎていました。
トークライブから打ち上げまでとても楽しかったです。
またの機会にも参加したいと思っています。


<屋久島の森の苔>
木霊が住む森は緑一面の世界。
かわいい苔がたくさんでした。

屋久島の森の苔


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2009.01.18 Sun l 未分類 l COM(2) TB(0) l top ▲
屋久島の森には、人の思考が作り上げたものは一切無くて、ただあるがままの
静かな広い空間と、その場所で生きるいのちだけがありました。
そこに思考や時間といった空間を超えた空間というものを感じるとともに、
静けさの中に愛があったように思います。

木霊の森



人は小さい頃より親や社会からたくさんの刷り込みをされて、思考の空間は
たくさんの壁で区切られ狭められています。
自分の思考でさえ不自由極まりないです。
そんな小さな思考の空間と、それに制約された行動の中で、閉塞感とともに
生きているのが現状ではないでしょうか。

それでもなんとか楽しく生きようとして、快楽を求め、凶暴さに走っているのが
今の社会の現状だと思います。

思考によって自分を過去の記憶(刷り込み)から自由になることはできませんし、
自分=思考をはるか超えた無限の空間にも接触できないのですが。


大きな自然の中にいて、そこに自分のすべてをゆだねるとき、
大地に寝そべり、風の音、水の音だけが浸透してくるとき、
思考も時間も止まり、自分の中の壁が取り払われた広い空間を感じることが
できるのでしょう。
だからみんな地球の自然に癒されるのですね。

人工の自然ではなくてあるがままの自然は心地いいです。
ただ静かにそこにある自然を感じているのがいいのでしょう。
そうしているうちにあふれてくる優しさや慈しみが本当の自分なのかも
しれません。


<木霊の森のこけ>

屋久島 こけ


<木霊の森のかにさん>

木霊の森のかにさん



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2009.01.11 Sun l 意識の世界 l COM(0) TB(0) l top ▲

マイナスの感情、抑えきれない不安感や恐怖にとらわれている時、そのような
苦しい状況にある時には、 
  このように考えれば苦しみを払拭できる、
  このように行動すれば、このように祈りを捧げればうまくいく、
  自分の世界はこうなのだ、
そんな悟りや答えを求めがちです。
自分の心が押しつぶされるように感じるのですから仕方ないことと思います。

しかし、自分さえ正しく見ることのできない苦しい状態では、そのような悟りは
正しいはずが無く、例えうまくいったとしてもその時だけです。
さらに、そのような苦しみの中で自分に判断をせまったり、重荷を課すのは
自分がかわいそうです。

苦しいときには苦しいままに過ごす、苦しみになる、なりきる、
苦しいままに音楽や美しいもので自分を癒し自分を見つめる、
苦しくて泣き、身近な人に抱きしめてもらう、
それでいいんだって思います。
苦しみから逃げる必要は無いけれど、自分を癒してあげるのは問題ないと
思います。
身近な人に甘えたからといって一生依存的になることはありません。
ただ感謝するだけです。それは単なる人生の一コマです。

僕は心理学者でもカウンセラーでも覚者でもありませんが、
苦しみの沼にはまっているときに、身近な人、好きな人とのつながりを感じる
ことで、「私(僕)はだいじょうぶ」って感じることは大事なことのように思います。


心理学の森田療法の創始者、森田先生は大久保彦左衛門の言を引用し
「迷いの中の是非は是非とも非なり」と仰っています。

迷い、苦しみにとらわれている時に、これが正しい、これが誤りと判断しても、
すべて空想的で真実ではないということです。
自分にとっての真実はやはり苦しみのさなかには見えてきません。

「迷いの中の悟りはまた迷いなり」、ということだと思います。
苦しみから目をそむけて悟った気になっても仕方ありません。

苦しみながら、迷ったままで自分に素直に無理ない範囲で行動していく、
じっくりと自分の内と外を整えていく、それがそこから抜け出す方法でしょうか。

「心に悩みも苦しみも一切無く、雲一片も無く晴れ渡っている」
そのような状態ではなくとも、思考と感性、感情と理性がある程度のバランスが
取れているときに、静かに自分と向き合い、一歩を進めていけばいいのだと
思います。


<屋久杉の切り株(木霊の森)>

屋久杉の切り株(木霊の森)



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メンテナンス中。 次の週末(3連休)に新作公開、開店予定です。たぶん(笑)



2009.01.08 Thu l 未分類 l COM(2) TB(0) l top ▲

都市部で会社員をやっていると、朝晩の通勤・帰宅の途中や仕事での
外出中に、たくさんの人とすれちがいます。

満員電車の中では多くの人が険しい顔をしています。
慈悲の心など微塵もなく、今にも争いが起こりそうです。
皆が自分の肉体と精神を守るために常に防御し、襲われる前にまず
自分から戦おう、そんなふうに見えなくもありません。

たいていは武器の代わりに言葉で人を責め立てるのでしょう。
社内、取引先、いろんな人がいますが、思考の化け物のような人が
たくさんです。

沈んだ顔の人も多くいます。
人があふれる都市部では精神の均衡を保つことは困難です。
騒音や電磁波、他人の波動に取り囲まれて変調をきたします。
自分らしさを保つにはやはりある一定の空間が必要だと思います。

スピリチュアルの時代と言われますが自我でしか理解しようとせず
表面的なところだけを追ってみたり、単なる刺激として楽しんだり。
確かに変化の兆しはあるものの、どうなっていくのでしょう。
今日はふとそんなことを思ってしまいました。

その人なりの進み方があると思いますの、一概にどうこう言うこと
はできません。
僕自身も人のことをとやかく言える立場ではありません。
まずは自分で自分を見守りながら、深い意識が描く夢を実生活で
少しでも実践していきたいです。


先日も、会社帰りの満員電車、たくさんの人が狭い車両の中で、
自分の世界にこもり、自我と話しているように見えました。
満員電車はどこに向かって進んでいくのでしょう。

窓の外には夜空にきれいな月が映えて、優しく清澄なエネルギーが
降り注ぎ、空間に満ちているように感じました。
満員電車の壁の向こうに。


<屋久杉の大きな穴に入り、そこから外を撮りました>

屋久杉の中から




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2008.12.21 Sun l 意識の世界 l COM(4) TB(0) l top ▲


なにか満たされない想い、自分の行動・思慮が足りていないような感覚、
その原因が具体的で明確でないのに、不全感(不足感、未消化感)が
無意識に湧き上がってくることがあります。

そのような不全感にフォーカスしてしまうのはどうしてでしょう。
漠然とした想い、見えない想いを満たそうと焦るのはどうしてでしょう。

 過去の失敗を繰り返したくないから
 今やれることをしないで後悔したくないから
 将来に楽をしたいから
 誰からも責められたくないから
 あの人をなんとかしたいから
 人から見た「自分のイメージ(完璧な自分)」を保ちたいから
 過去に体験した不安を感じたくないから

すべてが観念やイメージだけの世界です。
そのような想いを満たすために思考し動き回り、本当の自分を表現でき
ないままにこの世を去ることは嫌ですよね。

今、外に出ると冬の澄んだ空気が張り詰め、木々は静かに休んでいる
ことが感じられる、それもまた自分にとっての本当の現実です。
でも当人にとっての不全感、苦しさも事実なんですよね。

僕も以前は、満たされない想いを埋めようと一生懸命に動き回って、
それもまた、今の自分のあるがままだ、と疲れ顔で納得してきました。
人それぞれにいろんな道があり、本当の自分にたどりつくためのいくつ
かの段階、ステップもあると思います。


とらわれの本質を見つめ理解しない限り、不全感から真に解放される
ことはないようです。
一時の快楽や逃避によってごまかすことはできますが、それを強制的に
続けることは思考・観念の世界に埋没することなのでとても危険です。

人として生きるためには、思考と思考を越えた意識とのバランスが
必要なように思います。そのための1つが瞑想なのでしょうか。

話がいろいろと飛んでいますが、
たとえ一足飛びに自分を全的に見守ることができなくても、
静かに自分に対して思考すればいいと思います。
物足りなさを埋めるために動き回ることを少し止めて。


(屋久島の大きな杉に宿った小さな木)

若木



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2008.12.14 Sun l 観念浄化 l COM(0) TB(0) l top ▲

僕が生まれ育った家の前に、大きな柿の木とにわとり小屋がある家があって、
よくそこの庭で遊んでいました。
優しいおばさんとおねえさんがいて僕をとても可愛がってくれて。
家族のように思っていました。

僕がまだ小さい頃の田舎の夏は、いそぎ足で過ぎ去る夕立が日常的にあって、
雨が上がりつつあるセピア色の西の空が懐かしい光景として、
今も思い出されます。

幼稚園に入って間もないまだ3、4歳くらいだったか、いつものように
柿の木の近くで遊んでいると突然の夕立がありました。
家の軒下でどしゃぶりの雨をしのいだ後、軒下を出てぽつりぽつりと降る雨
を見ていたとき、意識の違和感が一瞬の風のように吹き抜けました。

『僕が今、雨が降るのを見て感じているものを、おかあさんと共有できて
 いない。1つの意識としておかあさんと生きていない。僕とおかあさんは
 違うんだ。」

幼いこどもなので、このような言葉でその時の感情を反芻したわけではない
のですが、その時に沸き起こった感覚は今でもよく覚えています。

これが自我の目覚めた瞬間だったのかもしれません。
それと同時に、分離という悲しみを心深く感じました。
この時は母親に対してですが。
そして、意識として重なり合い1つであるという状態、を潜在的に覚えていた
のかもしれません。

自分を個の存在として認識し、思考しながら、自己防衛しながら生きていく
ための自我という器。
肉体とともにこの物質世界を生きていくために獲得され、成長していく意識。

しかし、自我と肉体的な意識の前に、深くつながり重なり合う意識の世界が
あるように思います。

精妙で繊細な意識の世界、現世にいるうちに感じ取ってみたいものです。




<屋久島の森の木漏れ日>

屋久島の木漏れ日




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<ご連絡>

観念浄化ワークでおなじみの人生上昇塾 安達さんが関西でトークライブを
開催されます。
僕も参加させていただきます。
みなさんもぜひご一緒にいかがでしょうか♪


 開催日:2009年1月17日(土)

 会 場:西宮市甲東ホール4F 会議室
      西宮市甲東園3丁目2番29号 アプリ甲東4階
      0798-51-5144
      http://amity.nishi.or.jp/koutou/access.html

 開 場:18時 
 開 演:18時30分〜20時30分(予定)
 参加費:2000円(税込)
 定 員:30名

 主 催:人生上昇塾(担当:安達)098-863-3411
     >> 「人生上昇塾」
        右上のトークライブの表示をクリックしてください☆
     

 【参加方法】

 参加人数、氏名、住所、電話番号をお書きいただいたメール
 (件名:兵庫トークライブ参加希望)を adachi@e-jinsei.net まで、
 お送りください。

 当日、受付に「参加者名簿」がございますので、
 お名前を照合しご入場いただきます。参加費は、当日お持ちください。





2008.12.06 Sat l 意識の世界 l COM(2) TB(0) l top ▲

以前に習ったヒーリングで「身口意ヒーリング」というのがありました。
身(行動)、口(言葉)、意(意識)の三位一体のヒーリング。
一瞬だけでも身口意の3つを同じくすることで、ヒーラーとしてより大きな
癒しのエネルギーを発することができるのを感じることができました。
どんなエネルギーなのかは、本人の浄化度や波動の高さによって
いろいろなレベルがあるのだと思いますが。


行動、言葉、意識がバラバラでなく、本当の自分という意味で統合して
生きることの大切さを思います。
これらに秩序が保たれているなら、心は真に自由なのでしょう。
本当に自分がやりたいこと、自分らしさの表出・表現、深い自分との
つながり、そのようなものを現実化しながら生きたいものです。

ところが僕も含め多くの人は、行動、言葉、意識がバラバラになっていて
大きな矛盾を抱えています。
自分らしさを打ち消して行動や言葉を利益優先の社会に合わせたり、
組織からコントロールされて思考が麻痺したり。
そこから自分の中に心理的な葛藤や焦燥感が生まれます。

行動、言葉、思考に大きな矛盾があると、その矛盾を正当化しようと
します。
自己正当化、自己満足しようと思考が働いて、そこからさらに苦しさ、
悲しさが生まれてくるように思います。
矛盾が大きいほど本当の自分が遠くなり思考で誤魔化すことによって
神経症的、欝的な生き方になってしまいます。

少しずつでも統合していきたいものです。
思考や観念によって断片化された生というものを秩序あるものに。
自分の中に矛盾が無い生き方が本当は一番楽なのかもしれません。

そのためにも僕は自分を見守り理解していきたいと思っています。
仕事や生活に翻弄されることも多いですが、静かに、思考も観念も
含め見守れるようにしたいと思います。
本当にやりたいことを模索しつつ。
本当にやりたいことをやっている自分をイメージしつつ♪



<屋久島のコスモス>
屋久島のコスモス



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2008.11.24 Mon l 意識の世界 l COM(0) TB(0) l top ▲

今日は満月前日でしょうか。月がとてもきれいです。
大阪でさえこれだけクリアに見えるのですから屋久島では
どれだけきれいに見えることでしょうか。

ということで屋久島最終日の日記です。


屋久島の4日目(最終日)は曇りでした。

8時30分にkimiさんに宿まで来ていただき、
竜神の森に行きました。

<宿の部屋から見える庭と川>

宮之浦の宿より



これまでと少し違い、本格的な山登りになりました。
山道を車で行けるところまで行って、そこから歩きました。
どれくらい歩いたでしょうか。1.5kmくらいかな。

これまでもkimiさんのお薦めの場所で湧き水を飲みました。
そしてペットボトルに汲んで持ち歩き、宿でも飲んでいたの
ですが、竜神の森の湧き水(竜神水)もとても美味しかった
です。
飲んだ瞬間から体に吸収されるような、そんな感じがします。
人にはこのような水が必要なのでしょうね。


竜神の森も緑一色の世界。
木々の合間に苔むした岩がたくさんありました。
写真を撮りながら、倒木のアートを楽しみながらkimiさんと
森を歩くのはとても楽しかったです。

竜神の森2

竜神の森1



この日はかなり高いところまで歩いたように思います。
でもなぜか運動不足の僕がいつまでも元気で歩けました。
森のエネルギーが体に入ってきて、そのおかげであれだけの
山登りができたのでしょう。

3日間も森を歩いたのに、不思議なことにその後筋肉痛など
まったくありませんでした。


竜神の森を後にしてから、お茶屋さん(名前を忘れました)
に行きました。そこで抹茶アイスを食べました。
美味しかったです〜♪
そこで屋久島茶、グァバ茶をお土産に買いました。
(前日も結構な量のお土産を買っていたのですが・・・)

そして最終日ということで?kimiさんに仕事の愚痴を聞いて
もらったりして。
その他にもいろいろとお聞きすることができてとても
うれしかったです。


最後に空港で、他の観光客の方にお願いして二人の写真を
撮ってもらって、飛行機で帰路につきました。

屋久島、また行きます☆


以上、4日間の屋久島の旅でした。
読んでいただきましてどうもありがとうございました。

それでは。


<木霊の森で。若木を照らす木漏れ日>

木霊の森





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2008.11.12 Wed l 出来事、変化 l COM(0) TB(0) l top ▲

屋久島3日目は晴れのち曇りでした。

屋久島を訪れて初めて晴れ間を見ることができました。
8時30分にkimiさんが宿まで来てくれました。
この日で尾之間の宿はおしまいです。とてもいい宿でした。


3日目はコスモス園、水晶浄化のための海と川を経て、
木霊の森へ行きました。


コスモス園はとても広くてたくさんの花がきれいでした。
屋久島の山々を背景にしてコスモスが咲く様はなんとも
形容のしようがありません。

コスモス園



水晶は海と川が出会う絶妙な場所で浄化しました。
透明さと精妙さが再生しました。
ガイドのkimiさんの水晶浄化スポットかな。

川の水はとても冷たかったです。
でもずっと足をつけたままで川の流れを見ていました。
僕も再生されたでしょうか。(笑)



木霊の森ではゆっくりと歩きながら、沢のほとりで大きな
岩の上で、お昼寝、休憩の時間をたっぷりと取りました。

あのような森があるのですね。言葉で表現できません。
大きな岩にたくさんの苔がむしていました。

苔の雫



とてもとても静かな森、時間が流れているような止まって
いるような。
止むことの無い沢の水の音(=動)と、静かにそこに在る
木々たち(=静)が1つの世界を醸し出していました。


そして木霊の森の奥は素晴らしい場所でした。
なんだか遺跡のように感じました。

あの森と対話するだけの静けさがまだ僕の中には無い
のかもしれません。
でもまた行きたいです。

沢の流れ

木霊の森


この日は楠川温泉に行きました。
混んでるかも、と言ってたのですが、kimiさんと二人で
貸し切りでした。なんとも気持ちよかったです。

3日目の宿は宮之浦でした。
宿の庭はとても広く、その前を大きな川が流れていました。



次回(最終日)に続く。。。




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2008.11.08 Sat l 出来事、変化 l COM(2) TB(0) l top ▲

屋久島2日目はずっと雨でした。

巨木の森、木霊のストラップ屋さん、屋久杉の仏像屋さん、
お土産屋さん(ぽん・たん館)、尾之間温泉に行きました。

雨が降っていて霧が出ていることが屋久島の森をさらに
神秘的に見せてくれました。
空気が落ち着いて気持ちよかったです。


巨木の森ではたくさんの木々の間を縫って歩いていくのですが、
大きな屋久杉が次々と現れてきて驚きました。
(全部1000年以上の樹齢かどうかわかりませんが)
あまりの迫力に呆然。。。
今までに経験の無い大きさなので、何がなんだか・・・

巨木の森1

巨木の森2



千手観音のような白骨樹も印象的でした。

たくさんの木霊たちが出てきてくれました。
森の精霊でしょうか。
ガイドのkimiさん曰く、ここで木霊たちの写真が撮れたのは
初めてとのこと。
(たくさんの木霊さんの写真が撮れたのですが、今、日記に
 載せるのは止めておきます。またいつか載せるかも。)



ストラップ屋さんも仏像屋さんも素敵な方々でした。
作っている人にもお店にも、屋久島のゆったりとした時間が
流れていました。自分に合った暮らしなのでしょう。

僕もこのような土地で自然と語らいながら天然石や木の
ストラップを作ってみたいです。


木霊のストラップと小さな仏像を買いました。

おみやげ



他にもお土産屋さんでいろいろと買いました。


この日の尾之間温泉は時間が少し早かったせいか、お湯は昨日
よりも少し熱め。でも澄んでいて気持ちよかったです。
kimiさんとのんびりとお湯につかってきました。
最高に楽しくて気持ちのよい時間でした。


次回に続く。。。




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天然石ストラップ、また追加しようと思います♪
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2008.11.06 Thu l 出来事、変化 l COM(0) TB(0) l top ▲
昨日の夕方、屋久島から大阪へと戻ってきました。
3泊4日の屋久島ナチュラルヒーリングの旅、楽しんできました。
ガイドさんは、kimiさんです。

屋久島の旅を1日ずつ4回シリーズで書きます。
写真は全部で250枚ほど撮りました。
あまりよくないものは削除するのですが、それでも整理するのが
なかなか大変です。

それでははじまり。


1日目は曇り空でした。

屋久島空港にてkimiさんと待ち合わせ。
初めてお会いするにもかかわらずリラックスしてお話しをすることが
できました。
kimiさんの周りの空気も、交わす言葉もさらさらと淀みなく、気持ちよく
流れていきます。

益救神社、永田浜、西部林道、尾之間温泉と順に行きました。

神社の空気は澄み渡っていました。
屋久島の神様に挨拶をしました。

永田浜では裸足で砂浜を歩きました。気持ちよかったです。
そして大きな岩の上でごろんとしました。
その岩の横にも大きな岩がありました。
亀に見えるのは僕だけでしょうか。

永田浜



西部林道を車で走っている時にたくさんのヤクザル、ヤクジカに
出会いました。
慣れているので道の真ん中からなかなか動いてくれませんでした。
サルもシカも思っていたよりもかなり小さかったです。
この島が昔から平和であった証拠なのでしょう。

ヤクザル1

ヤクザル2



屋久島の海沿いの道からは、勇壮な山々が見えました。
永田岳などはとてもきれいに見えました。
そして、この日の最後、尾之間温泉は気持ちよかったです。

宿もとても心地よく、何より経営されているご夫婦が親切で
優しかったです。

宿に到着したのは暗くなってからだったので山も見えなかった
のですが、翌日、モッチョム岳がきれいに見えました。

モッチョム岳





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2008.11.03 Mon l 出来事、変化 l COM(2) TB(0) l top ▲